シンポジウム等の記録

Georg Milbradt
ドイツ・ザクセン州首相講演会

日時:2007.10.2
会場:東京大学・駒場キャンパス|18号館ホール
主催:ドイツ・ヨーロッパ研究センター

  • 気候変動と再生可能エネルギーの挑戦

    Prof.Dr. Georg Milbradt(ドイツ連邦共和国ザクセン州首相)

    挨拶

    木畑洋一(東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター長)

    講演
    再生可能エネルギーの挑戦

    ゲオルク・ミルブラート(ドイツ連邦共和国ザクセン州首相)

    パネルディスカッション

    ゲオルク・ミルブラート(ドイツ連邦共和国ザクセン州首相)

    西尾茂文(東京大学理事・副学長)

    山口光恒(東京大学先端科学技術研究センター特任教授)

    ダヴィッド・ヴォルトマン(インヴェスト・イン・ジャーマニー社)

    瀬川浩司(東京大学先端科学技術研究センター教授)

    司会

    森井裕一(東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター執行委員)

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2007年10月2日、ドイツ・ヨーロッパ研究センター(DESK)では、ドイツ学術交流会(DAAD)と在日ドイツ大使館とともに、ゲオルク・ミルブラート(Prof. Dr. Georg Milbradt)ザクセン州首相を招いての講演会およびパネルディスカッションを開催した。

講演会では、木畑洋一教授の歓迎の挨拶ののち、ミルブラート首相による基調講演が行われた。講演の冒頭で首相はザクセンと環境問題や持続可能性をつなげる興味深い話を紹介した。すなわち首相によれば、リオ会議や京都会議などにより近年注目されるようになった持続可能性という概念は、300年ほど前にザクセン鉱山の総監督であったハンス・カール・フォン・カルロヴィッツによる『経済的森林開発』という林業に関する文献にすでにみうけられるというのである。この本のなかで、カルロヴィッツは、持続可能性の実現のためには、経済が共同体の「福利」に資するものとなること、「恵みぶかい自然」を大切に扱うこと、将来の世代に責任を負うことの三つが必要であると指摘し、この思想は今日的にも非常に重要な意味を持つと紹介した。この後、経済学者としての素養やザクセン州首相としての経験に基づいて語られる環境・エネルギー問題への知見はカルロヴィッツの思想に共鳴するものとなる。

ザクセン州は旧東ドイツのエネルギー生産の中心地であったこともあり、土壌、河川、大気の汚染は深刻な状態にあり、次世代への配慮も環境保護の姿勢も皆無だったという。しかし、ザクセン州は1990年代から環境分野における劇的な改善に成功し、首相はそのことを誇らしく語りかけた。その過程では政治が行った必ずしも選挙民には喜ばれないような決定が成功の要因となったという自負があるからであろう。1990年以来、ザクセン州はCO2排出量は半分以上削減する一方で、太陽・風力などの再生可能エネルギー産業の中心地として発展した。現在、ザクセン州は連邦全体の産出量の40%を占めるほどの太陽エネルギー産業の中心地になっており、風力発電についても同様の状況にある。これらの持続可能な環境社会を実現するために、ザクセン州はその負担を実質的に市民に求めた。つまり、再生可能エネルギーを当時定められた価格で買い上げることを電力供給事業者に義務付け、そのために生じた電力価格の上昇を市民が負担することとなった。これは実質的な「増税」といえるものであり、選挙民に喜ばれるものではなかった。しかしその効果は明らかであったと首相はいう。コスト高のために競争力に劣った再生可能エネルギー生産を支援し、また、消費者はエネルギー使用(あるいは電気代)を減らす、いわゆる「エコ」な生活を模索した。また、中古物件のエネルギー収支の明示を義務付ける法律ができたこともあり、断熱仕様でない物件は市場価値を大きく下げることになった。結果として、エネルギー消費も大きく削減された。

他方で、ザクセン州は太陽・風力・バイオマスなどの再選可能エネルギー技術の開発のために中小企業などへの技術開発支援も積極的に展開し、循環経済の実現を目指している。技術開発により、再生可能エネルギーの市場競争力を高め、その割合を20%程度まで増やすことを目標としている。 ザクセン州は現在これらの技術やノウハウの輸出することを試みている。すなわち、これまでの高いエネルギー価格による負担や技術支援などに投じてきた投資を回収する段階に入りたいという意欲である。具体的にはロシアなどを挙げながら、ザクセンの経験をロシアに輸出することで、ロシアは持続可能な環境の実現に近づき、ザクセンはその対価を得るという具合である。これはいわゆるウィン=ウィン(利害関係者すべてが得をするような状態)を目指す政策といえ、これによりザクセンの持続可能なビジネスモデルが完成するということかもしれない。

最後に、首相は政治が取り組むべき課題を三つ指摘した。一つ目は、これまでザクセンが行ってきたような、持続可能性実現するテクノロジーの開発と研究への投資を促進するため産学間の連携ネットワークを整備することである。二つ目は、火力などの既存の再生「不」可能なエネルギーのより効率的な利用にも積極的に関与することである。ザクセンですら、いまだに再生可能エネルギーがまかなえるのは5%程度であり、再生可能エネルギーが従来のエネルギーを完全に代替しうるものだと考えることは非現実的であるからである。三つ目は、持続可能性の実現のための方法を全世界に輸出することである。これらの課題は冒頭で示したカルロヴィッツの思想とまったく共通するものであると首相は力説する。地球規模の問題に対処するうえで、政治家は短期的な利益以上に、50年、100年といった長期的な利益を考慮して、これらの課題に取り組んでいかなければならない。そのために、同じ先進工業国として、日本とドイツの協力の必要性を述べ、首相の講演は締めくくられた。

引き続き、日独の専門家を交えたパネルディスカッションが行われた。森井裕一(東京大学准教授)の司会のもと、西尾勝(東京大学理事・副学長)、山口光恒(東京大学特任教授)、瀬川浩司(東京大学教授)、D.ヴォルトマン(インヴェスト・イン・ジャーマニー社)の4名のパネリスト、そしてミルブラート首相を交えて議論が展開された。

まず西尾氏からは持続型社会の全体像についての提示がなされ、人口急増に対応して物質資源の循環システムを構築するためには、各国各地域の条件を具体的に考慮し、多様性とグローバリゼーションという一見矛盾する二つの概念を統合した「多様性を許容できるグローバリゼーション」といった概念の必要性を論じた。そして、日本は歴史的にもそのような概念を具現するために貢献しうると論じた。次に、山口氏は日本とドイツにおける再生エネルギーへの取り組みやエネルギー産業の構造上の違いなどを指摘しながら、首相の紹介した再生エネルギー支援に伴う供給過剰問題や将来の原子力エネルギーとの関係などについて質問を投げかけた。続いて、ヴォルトマン氏は、太陽エネルギー技術を中心にインヴェスト・イン・ジャーマニー社が行う企業への支援やドイツへの投資の状況を紹介し、学問・政治・経済の間での持続可能な協力関係を築きつつ、日独間でともに持続可能なエネルギー供給への道を進んでいくための更なる協力関係の構築を訴えた。最後に瀬川氏は、太陽光発電におけるシリコンの供給不足の問題と代替技術の必要性について述べ、日本政府の太陽光発電導入への支援を打ち切る政策決定に疑義を呈した。

これらのコメントを受けて、ミルブラート首相はそれぞれのテーマについて細かく回答をし、そのなかでは原子力の将来的な必要性やシリコン市場における供給不足が一過性のものではないかという見解を披露するなど踏み込んだ議論が展開された。

パネルディスカッションの最後には、首相の強い政治的意思と自信を感じ取れるものであった。すなわち、ザクセンが行ったような持続可能性を目指す行政による規制はエネルギー価格を上昇させ、結果として産業を誘致するうえでの競争力を低下させてしまうことになる。それは企業や工場が移転しまうといった短期的な負担を招くものである。それは長期的には負担を先取りすることで将来より多くの利益をもたらすかもしれないが、必ずしもそのような成功を保証するものではない。また、政治家にとって目の前の利益を手放すことは勇気のいる決断となる。そのようななかでも、それぞれの社会が自分たちなりの方法で、信念を持って、適切な政策を選択する決断力することが重要だと首相は強調する。そして、首相自身にとっても驚きであったようだが、市民が長期的な視野をもって価格転嫁という負担を受け入れ、結果として持続可能な循環経済への道を歩み始めたことは、ザクセンにおける政治の成功を裏付けているように思われる。講演・パネルディスカッションを通じて首相にはザクセン州の成功への自負と誇りが感じられた。

当日は、首相の日程の関係もあり、必ずしも十分な時間をとることはできなかった。しかし、そのような限られた時間のなかで、非常に濃密な議論が展開された。パネリストをはじめ講演会の企画・開催に協力いただいた方々、およびご来場いただいた参加者の方々に深く感謝する次第である。DESKでは、講演会およびパネルディスカッションの模様を日独両言語で記録した冊子「気候変動と再生可能エネルギーの挑戦:ドイツ・ザクセン州 ゲオルク・ミルブラート首相講演会の記録」を発行した。ぜひご一読いただきたい。

河村弘祐(ドイツ・ヨーロッパ研究センター特任助教)